シリーズ「発想のたまご」
「美味しいプレゼン」

理化学研究所計算科学研究機構 
梶川義幸 
水文・水資源学会誌第26巻第3号(2013),117頁
(フォーマットのみ変更)

ミッシェル・サラゲッタは言った.「まずい食材はない.まずい料理があるだけだ.」と. およそ学会誌には似つかわしくない書き出しではあるが,食材を研究成果, 料理をプレゼンテーション(プレゼン)に置き換えてみるとどうだろうか? 専門誌に掲載される論文は査読を通過しているわけであるから,まずいものはなさそう [1]である. 一方で,私達は国内外を問わず会議やシンポジウムにおいて, 残念ながらいわゆる美味しくないプレゼンに出会うことが少なからずある. 科学者に研究のアウトリーチが強く求められる昨今,プレゼンの重要性もまた増したのにも関わらず,である. まずいプレゼンは,当然説得力に乏しい.何やら最初から「まずい」「美味しくない」と汚い言葉で申し訳ない. 本稿の執筆を依頼された際に,ざっくばらんに何でも書いてよいとのお言葉を頂いたので, 筆者の科学的な興味とは異なる,プレゼンテーションについて少し書き述べてみたいと思う.

そもそも,まずいプレゼンとは,どのようなものだろうか?  まず考えられるのは,聞き取りづらいことであろう.mumblingするような話し方や, 早口である場合,余計な言葉が多く入る場合である.ここで言う余計な言葉とは,文節の区切りの間に 「あー」「えーと」が入る話し方のことである.大抵の人は自分がどれだけ「あー」「えーと」を 口にしているか気付いていないので,友人や同僚に自分が「あー」と言ったら, 例えばコップをスプーンでチーンと鳴らすなどしながら数えて貰うと良い. 次のプレゼンから「あー」「えーと」は少しずつ減っていくだろう. また,「あー」「えーと」が口から出るほとんどの場合は,次に話すことを考える時間稼ぎであるので, プレゼン中であっても無言で考えると良い.5秒程度の沈黙は逆にプレゼンの中で良い間となるはずである.

もう1つ考えられるまずいプレゼンは,終始,目線が上や下を向いていて,聴衆とアイコンタクトが 出来ていない場合である.下を向いて原稿しか読んでいないプレゼンも見受けられる. 人は目を見ながら話す人の事を信じるものである. 相手の目を見て話せない時は大抵疚しいことがある時なのは,皆さんよくご存知かと思う. 研究結果を相手に伝えたければ,顔を上げて聞き手と目を合わせることが何より大事である。

ここまで「まずい」「まずい」と書いてきたが, では,美味しいプレゼンの為にはどうしたら良いだろうか? 答えは,練習するである. 何を当たり前のことをと思うかも知れない. しかし,上に書いたことを意識しながらやる練習は,美味しいプレゼンにきっと繋がるはずである. 筆者はトーストマスターズと言う,パブリックスピーキングとリーダーシップの上達を目指す 国際的な非営利教育団体のクラブに所属し,非常に多くのことを学ぶ機会に恵まれた. プレゼンの上達に興味のある方には是非勧めたい.

最後に,最も簡単かつ効果的な美味しいプレゼンを生み出す練習法を記しておこう. それは,家族や恋人に向かってプレゼンをすることである. 専門用語を全て完璧に理解できるわけでないが,美味しいプレゼンは必ず伝わる. 寧ろ,家族に伝わるように話せなければ 本当に自分の研究結果を理解したとは言えないのかも知れない.
“You do not really understand something unless you can explain it to your grandmother.” (Albert Einsein)

[1] もちろん全てが美味しいものであると言っているわけではありません.



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Yoshiyuki Kajikawa